双方向のコミュニケーションの先にあるもの ~被災地での活動から
では、そのような道筋が考えられている社会がどうして豊かな社会なのか、
私たちの活動の経験からお伝えします。
阪神・淡路大震災時は、日本語がわかる被災者でも情報が届かずに大変不安な思いをしましたから、 日本語の理解が不十分な住民の不安はかなり大きかったと想像できます。
神戸市長田区には多くのベトナム人が住んでいますが、彼らの多くは 「避難所」という難しい日本語を知りませんでしたが、地震が起きて多くの負傷者が出たので、 みんなと一緒になってけが人を病院に運び、避難所では残っていたお肉でバーベキューをしてみんなを元気づけました。
震災時は、隣に住んでいる人と顔見知りだったかどうかが生死を分けました。 日常的に挨拶もせず孤立して暮らしていると、ガレキの下敷きになっていても見つけてもらえないからです。
隣に住んでいる人がもし中国人だったら、日常的に情報を伝えて コミュニケーションをとれていたら、私たちを助けてくれる隣人となるでしょう。
情報は、伝えるだけの一方通行ではなく、コミュニケーションをとると いうことは、受け取った人からもまた新しい情報が返ってくるという双方向のものであるはずです。
日本社会では常識と考えられていることが、別の国の文化背景を持つ人たちからは 非常識なことであったり、その逆もあると思います。
日本のことしかしらない多くの住民にとって、外国出身の住民の視点で見えることを 知ることができれば、今まで気づかなかったことに出会えるかもしれません。 その結果、自分にとってよりよい環境がつくれるかもしれないし、日本の良さを実感することもあるでしょう。
私たちが翻訳通訳事業を通してめざすもの
私たちが活動をしている地域は、たくさんの外国出身者が住んでいます。
震災前から、地域の夏祭りといえば、たこ焼きや焼きそばの屋台が出て、 盆踊りを楽しんでいましたが、震災を経験して外国出身者であろうと 日本人であろうと同じ被災者になって大変な避難所暮らしを経験したことから、 せっかく同じ「まち」に住んでいるのだから、ベトナムの生春巻きやネパールの カレーや韓国のチヂミやペルーの焼き鳥の屋台も出してほしいと声をかけて、 今では夏祭りに自然に多国籍な料理が並ぶようになり、みんなもそれを楽しみにしています。
ひとりひとりがコミュニケーションをとるための少しずつの努力をしたその先には、 このように多様で豊かな自分の「まち」が待っているのです。そのプロセスは簡単ではないし、 ケンカをしたりもめたりもしながらですが、震災から15年経って、 私たちはそれが必ずできるという実感をもって、多言語センターFACILのさまざまな事業に取り組んでいます。

