World Kids Community
    
 
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All about World Kids Community.

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多文化な背景をもつ子どもたちによる
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これまでの活動 
* 2001年度までの活動
2002年度までの活動
2003年度までの活動
2004度までの活動
2005度までの活動
* HYOGOLATINO (2006年度より独立)
ブラジル教育サポートセンター情報
■今後の活動

 このようないくつかの例からもわかるように、この問題は、ブラジルと日本の双方で、関係者である大人が十分な情報を得て、協力して取り組むことで少しずつ環境整備へと進むのだという兆しを感じたのでした。
 ブラジルに住む日系一世の人たちとその親に教育された二世の人たちはブラジルに住みながらブラジル人のことを「外人」とよび、自分たちのことは「日本人」と呼んでいました。
 そして、日本に出稼ぎに来てみて、日本で自分たちが「外人」とよばれることにまずショックを受けたそうです。また、1995年にブラジルの日系人社会が主催して行われた「日系人コミュニティの将来」と題するシンポジウムの報告書を読みましたが、そこにはまとめとして、「ブラジルの日系人の世代が三世、四世の時代となり、ブラジルの教育を受け、混血も進み(三世の40%、四世の60%がブラジル人と結婚)日系人の誇りとする文化の継承が難しくなっている今、出稼ぎとして日本に帰る日系人たちが日本のよい文化や日本語を習得してブラジルに戻ってくることは、日系社会の活性化に大いに役立つチャンスであり、彼らが活躍できる社会を考えよう」という意見がまとめられています。

 この2つのことから私が感じたのは、日本にいてこの社会を形成している自分たちの「責任」です。出稼ぎに来た日系人たちにとって、お金を稼ぐこと以外に、日本語を習得したり、その背景にある日本の文化に触れたりする機会が、はたして受け入れ側のこの社会にあるのでしょうか。
 とりわけ子どもの教育の問題は、「セミリンガル」ということばに象徴されるように、日本もブラジルの教育も中途半端になり、その狭間で落ちおこぼれていく子どもたちは、社会からはみ出そうとしているところまできています。ブラジル大使館によると、罪を犯して服役中のブラジルの未成年者が約3?40人、罰の決定を待って収監されているのが約100人だそうです。
 この子たちは、日本にいてもブラジルに戻っても前述のような期待される役割を果たすにはほど遠いのです。でもこの子どもたちこそ、日本とブラジルの大人社会の犠牲といえるのではないでしょうか。

 しかしながら、日本社会側にいる私たちの意識の問題はもちろんですが、一方で、先のシンポジウムの主催者である一世・二世の意識と、主に出稼ぎ世代である、混血の進んだ三世・四世の日系人たちの教育に関する意識に大きなギャップのあることも確かなのです。
 浜松市や豊田市などのようにブラジル人のかなりの集住地域では、地域社会も日系ブラジル人社会にも、地方行政もこの現状を問題としてとらえ、さまざまな対応も進んでいるようですが、兵庫県では、全体的な数字の問題などで、まだまだ対応が遅れてているのが事実です。しかしこれはたくさん住んでいるから何とかしなければならないという問題ではなく、点在して何の手だても情報もなく行政の手も届かず放置されている子どもたちにこそ、私たち市民団体が何とかしなければならないと思い活動を続けてきたわけです。
 兵庫県の場合は当事者が点在しているとはいえ、(多いと言われる神戸市灘区・東灘区をあわせても500人程度で、そのうち子どもの数は正確にはつかめていません。)、たとえばブラジル人学校などが経営的には成り立たない状況なのと、何千単位の人数でひとつの地域にかたまっている集住地域と比べて、親たちのつながりが、なかなか持てず子どものことも放置されがちなのです。 それでも兵庫県内のブラジル人口はあわせると4000人近くになり、問題が潜在化しているのです。 そのため、私たちの活動として、親たちが集まる機会を作り、情報誌を発行し、子ども達の居場所を考えてきました。地域社会の日本側の住民の意識が変わることも大事ですが、その前に当事者がもっと頑張らなければ何も変わらないことを啓発してきました。
 そして、2001年度には日本財団の助成をいただき、集住地域の活動中枢とはさまざまな情報交換を、地域で細々と頑張って活動しているブラジル人の当事者とは、情報交換に加え、ネットワークを構築することでその活動を継続していく意識を高めるためにも、現場を訪ね直接話をしてきました。さらに、ブラジル側の教育の背景や戻ったときの受け入れ状況を把握し、その現場に関わるたくさんの人たちとも話をしてきました。
 ブラジルでは、私たちが訪問する直前に、メジャーなテレビ番組で3日間続けて「日系人の出稼ぎ」が抱える問題として、日本の様子が初めて伝えられ、成功した話以外の深刻な状況が話題になっているところでした。実際とは少し時間的にずれているとはいえ、やっと大きな問題として取り上げられたようでした。
 それでもまだまだ子どもの問題にまでは及んでいないのが現状で、私たちとのミーティングの機会が大変重要であったことを喜び、今後のお互いのつながりを約束してくれました。今回の視察では言ってみてはじめてわかったことも多く、実際に会って話して得られる協力体制を実感してきました。
 日本語とポルトガル語という言語の習得について、同じレベルでは考えられないことや、日本でなんとか学校についていくことができた子どもにとっては、「学習する」という習慣が身に付いていたり、公立学校の学習内容がブラジルと比べて豊富なことなどにより、ブラジルでは「よく勉強をする子ども」として期待されているという話など、うれしい話でした。
 また親たちも日本にいる間考える余裕がなかったけれど、帰国して気づいたことも多く、今日本にいる親たちのよきアドバイザーになってくれることでしょう。そういった報告は年度末には関わっている方すべてに見ていただきたいと思っています。
  私たちが帰国後、すぐに自分の出身地の学校の状況を必死に聞いてくる親からの電話がありました。2001年度の計画にも記したように、その先にはこういったブラジルと日本の両方の情報を常に把握し、子どもの教育の問題に気づいた親たちはもちろんのこと、同じような活動をするネットワークのメンバーたちのさまざまな相談機関としてのセンターの設立の必要性をさらに強く感じています。
 将来はこのセンターを当事者自身が担い、地域行政がこれを支えて行くべきだと思いますが、最初の立ち上げ部分は地域の市民団体が支え、民間財団の協力をえたいと考えています。今年度は、日本国内のブラジル人集住地域の行政などともつながり、さらなるネットワークの展開と情報の拡充をめざして行く予定です。

<必要な情報>

1.日本側の情報(データ、リスト、資料のポルトガル語への翻訳)
・生活状況、文化、習慣などについて
・教育システムと内容について
・ポルトガル語による日本語教育のための教材の提供
・日本側の受け入れ体制
教育機関(ブラジル人対応の可能な公・私立学校、ブラジル人学校、母語学習教室、日本語教室、公文教室など)の情報、日本全国のNGO/NPO団体、の紹介、相談先など
・ポルトガル語生活情報へリンク

2.ブラジル側の情報(データ、リスト、資料の日本語への翻訳)
・ブラジルの生活状況、習慣、文化など
・ブラジルの教育システムに関すること
各州別の帰国子女の受け入れ方
*文章で発行されているものと現実の違いに注意
・帰国後の受け入れ先について 
地域別教育機関(公・私立学校、母語学習教室、日本語教室、公文教室など)の情報、NGO/NPO団体の紹介、相談先、カウンセラーなど
・母語のレベルチェック
3.ブラジルのタイムリーな教材の提供
・入手方法など
*インターネットを使って’取り出せるような仕組みを目指す。
4.帰国者の体験
・アドバイス

・ブラジルの子どもたちとの個人レベルでの直接的な交流(文通、メールなど)
・親たちが帰国後気が付いたことについてアドバイス5.ブラジルの教育環境と日本の教育環境の違い
6.主な相談内容の紹介