世界コミュニティラジオ放送連盟(AMARC)の日本協議会が2007年6月23日に誕生しました。
世界の各地で活動する「コミュニティが所有、運営し、コミュニティの人々が参加する 非営利型のラジオ局」との繋がりを力に、コミュニティの課題解決につとめていくことが活動の目的です。


多言語で災害情報を提供-東北地方太平洋沖地震-
FMわぃわぃは、在日外国人向けの多言語による地震・津波情報をホームページからMP3でダウンロードできるようにしています。コミュニティ放送局などの放送局で放送してもらうためです。
http://www.tcc117.org/fmyy/index.php



海外市民メディア事情報告会@京都をU-streamで生中継
2月11日に開催します海外市民メディア事情報告会「世界のコミュニティメディア、オルタナティブメディアは今」はU-streamで生中継します。
以下のアドレスからご覧ください。
http://bit.ly/dGbzvc
海外市民メディア事情報告会@京都
海外市民メディア事情報告会@京都
「世界のコミュニティメディア、オルタナティブメディアは今」

この4年の間に、コミュニティラジオを認める法律や制度が確立された国は
アルゼンチン、コロンビア、インド、バングラディッシュ、ヨルダン、
スペイン、ウルグアイ、ナイジェリアの8カ国。
米国でも先日、商業ラジオ業界の圧力で設けられていた出力規制のしくみを撤廃
して、非営利の低出力ラジオが免許を取得しやすくする法律ができました。
英国のコミュニティラジオの免許制度創設も2004年と実は最近です。

インターネットでの通信が隆盛の現在、なぜこうしたコミュニティレベルの
メディアが注目されるのでしょう。

11月にアルゼンチンのラプラタで開かれた世界コミュニティラジオ放送連盟
(AMARC)世界大会の様子や、自然災害の被災地や紛争地でのコミュニティメ
ディアの国際連帯活動、そして欧米のメディアリフォームの動きなど、世界の市
民メディアの今を報告します。


プログラム(タイトルは変更の可能性があります)

 AMARC 世界のコミュニティラジオ運動のもたらすもの
  AMARC10の可能性               宗田勝也
  ジェンダーとコミュニティラジオ        光永千夏
  タイ南部 紛争地のコミュ二ティメディア     佐藤万帆
  民主化とコミュニティラジオ          日比野純一

 英国 コミュニティメディアの連携と
        混合財源、パートナーシップ    松浦さと子

 北米の市民メディアの現在     
  アメリカ パブリックアクセスの現在      津田正夫
  市民メディア発展の条件            宗田勝也
  カナダ 貧困公営住宅地のメディアセンター 
          リージェントパークフォーカス 松浦哲郎
  メディア教育が拓く可能性           川島 隆
 
 会場との対話          津田正夫・日比野純一ほか

終了後、近隣で懇親会の予定
 

日 時:2011年2月11日(祝日・金)13:00~17:30
場 所:龍谷大学セミナーハウス ともいき荘(京都市)
http://www.ryukoku.ac.jp/tomoikiso/access.html
参加費:500円(資料代)

 なお当日はほかに、次の各書を頒布します。
  『米国市民メディア調査団報告書』『非営利放送とは何か』
  『メディア・ルネッサンス』『コミュニティメディアの未来』

主 催:
世界コミュニティラジオ放送連盟(AMARC)日本協議会
米国市民メディア調査団
ハイチとカトリック教会、そしてラジオ局(被災地レポート4)
繰り返しなりますが、ハイチの地震被害は想像を絶するほどの規模です。
全壊した大統領府とカテドラル(大聖堂)に行きました。
ハイチのカトリック教会大司教さんはここでなくなりました。
ハイチは人口の6割がカトリック信徒で、地縁組織がないため、
コミュニティにおいてカトリック教会が果たす役割は非常に大きいものがあります。
地震からのコミュニティ再建は教会の存在抜きには考えられません。
今回の地震で相当数の教会が全壊してしまいましたが、日曜日には瓦礫の前や空き地でミサが開かれ、たくさんの信徒が集っています。

先週末にカリタス・ハイチ代表のサージ司祭に会いました。
日本を出発する直前に神田裕神父(FMわぃわぃ会長)にカリタス・ジャパン経由で紹介メールを入れてもらっていたのです。
欧米を中心にそれぞれの国のカリタスが直接、支援に入っていて、
それをコーディネートする役割をカリタス・ハイチが果たしています。
5月中旬までに緊急活動が終わり、次は11月までの救援期の活動に入るそうです。

カリタス・ジャパンは現地での直接支援はせずに、
カリタス・インターナショナルに日本で集めた募金を送っています。
サージ司祭にそう伝えると
「直接、カリタス・ハイチと活動ができるので。もし可能になったらいつでも連絡をください、と伝えてください」と私の目を見て、ゆっくり、そして力づよく答えが返ってきました。

サージ司祭は、すごい大きな執務室のこれまた大きな机の向こうで、
こちらの要請に迅速に電話で対応して、いろいろな方を紹介してくれました。
その中の一人が、コミュニケーション担当のジーン神父さんです。
この神父さんは、とっても気さくでフットワークが軽くて一緒に町を歩いていても、
いろいろな人に笑顔で声をかけて、車を運転して知人をみつけると、
途中まで乗って行かないかと笑顔で誘います。
なんか、ハイチの神田神父さんみたいで、非常に親しみを持てました。
カトリックのラジオ局の代表もやっているので、尚更です。
AMARCハイチの代表のこともよく知っていてこの神父さんとなら何か一緒にできる感じがしました。

そのラジオ局「Radio Tele Soleil」は、地震で全壊してしまって、いまは壊れた教会の庭にある半分潰れたワゴン車中に放送機材を積んで、
その中の狭苦しい空間で朝の5時から晩の11時まで放送していました。若い放送スタッフ2人は庭でテント生活をしています。

ハイチの放送制度は、商業ラジオ、コミュニティラジオ、非業業放送の三種類あり、非商業ラジオはさらに公共ラジオと宗教ラジオに分かれます。
Radio Tele Soleilは非商業放送(宗教)のカテゴリーに分類されるカトリック教会が運営するラジオ局です。

ジーン神父さんの後をついていろいろか人を紹介してもらっていると、
たかとり救援基地時代の神田さんの姿とだぶりました。
阪神淡路大震災の被災地の神父とハイチ大地震の被災地の神父。
この二人の神父さんをなんとかしてつなぎたいと思いました。
(つづく)

ラジオ農民の声の完全復活は遠し(ハイチ地震の被災地レポートその3)
【ポルトープランス=日比野純一】


ハイチには50を超えるコミュニティラジオ局があり、
そのうちの12局が今回の地震で被災しました。
もっとも大きな被害を受けたのは、CODEや日赤など
いくつかの日本の団体が活動している激震地のレオガンから
山の中に1時間ほど車でいったフォンドワ村にある「農民の声」ラジオです。

フォンドワ村も他のハイチの農村と同様に、電気も水道もありません。
村の女性たちは朝起きると、大きなポリバケツとポリタンクをいくつかもって
1〜2キロ先の谷底の水汲み場まで歩いていき、
水を汲み終えると大きなバケツは頭にのせ、
両手に小さなはボリタンクをもって、
すべり落ちそうな急な道を尾根まで上がり、
さらに歩いて家まで帰っていきます。
2時間は有にかかる重労働です。
これを来る日も来る日も繰り返さないと生きていけません。
でも、その水だって決して浄化されているわけではありません。

フォンドワ村の夜は月灯り以外の光がなく、ほんとうに真っ暗です。
村のコミュニティセンターにだけ発電機と太陽光発電パネルがあり、

暗い蛍光灯がぽつんぽつんと灯っています。
もちろんテレビのある家など一件もなく、
ラジオだけが村人の情報源かつ娯楽源なのです。
さらにいうと、文字を読むことができない村人も少なくなく、
なおさらラジオは生活に欠かせません。

地震の前に、フォンドワ村のコミュニティセンターには学校、病院、孤児院、コミュニティラジオがあり、その運営を住民組織「フォンドワ村農民協会」が行っていました。
そしてフォンドワ村農民協会の活動をカトリックの修道会が側面支援していました。
しかし、1月12日の地震ですべての建物が全壊し、
その下敷きになって何人もが亡くなりました。
村の公共機能は完全に消滅してしまったのです。

そのフォンドファ村のコミュニティセンターの跡地はいま、
救援活動のボランティア基地となっています。
救援ボランティアが宿泊する小屋がボランティア達の手によって数件建てられ、
多くの人たちがそこに寝泊まりして救援活動を行っています。
もちろんテントに寝泊まりしているボランティアもいます。

彼らは、瓦礫を撤去したり、仮設トイレをつくったり、ガタガタになった道を整地したり、
阪神淡路大震災時の救援ボランティアとまったく同じ活動を展開しています。
また、ブルーシートで覆っただけの臨時診療所をつくり、毎日100人以上の村人の診察を朝から夕方まで行っている若い医者、看護師たちもいます。
彼らは震災後ずっと1〜2週間交代でアメリカからきているボランティアです。
孤児のケアをしている修道会のシスター達は、ここで活動しているボランティアの
食事づくりを担当しています。
作業着の洗濯(手洗い)をひたすらしているボランティアもいます。

そうです。まるでここは、たかとり救援基地のようです。

全壊したラジオ局のスタジオは3月下旬にAMARC(世界コミュニティラジオ放送連盟)の手で仮設スタジオが作られ、かろうじて放送をできるようになりました。
しかし、機材や電気の確保が十分でなく1日1時間半しか放送ができず、
コミュニティラジオの役割を果たせていません。
屋根がトタンのため、大雨が降ると音がかき消され、放送を続けることはできません。
雨季に入ったハイチでは夏まで毎日強い雨がふります。地震の前はニュース、
保健・健康(人間だけでなく家畜も)、教育、娯楽など多様な番組を村人たちがつくって、
一日7時間も放送していました。
「一日も早く、元通りの放送を再開したい!」
それがミーティングに集まった村人たちの共通の願いです。

ラジオの再建も含めて、フォンドワ村のコミュニティセンターの再建は村人たちの願いです。フォンドワ村農民協会は救援、復興のための資金の寄付を広く募っています。

ハイチ政府や国際援助機関の手はまだこの村まで伸びていません。

(つづく)


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